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陽炎 6





前提を違えている気がする、と景時はずっと考え続けている。

では何の前提であろうか。それが判らなかった。自分の屋敷に戻ってくるとヒノエがいて、先日の 件は滞りなく済んだと短く言って寄越し、そうかいと軽く頷いただけだ。それだけで会話を終わら せて、あまり深く追求はしない。追求したい話題でもなかったし、どうやって「済ませた」かもあ まり知りたいとは思わない。

あれが動いたことは想像に難くないのだから。

自室にこもって和紙と墨を目の前にしていると傍目には仕事に勤しんでいるように見えるが、実際 のところは午前中に集めた情報を整理している。わかったことと、わからないことと。それから何 を知らねばならないか、と言うことである。

今回の件は二つのことが連動している。

まず初めに哉弼殺害、その次に哉道殺害。どちらも他殺であることに間違いはなく、死体も本人の もの――いや、哉弼の方に関しては死体が消えている。

そう、消えているのだった。

しかし死体そのものは目撃者がいる。今江である。彼女はしっかりとした人物に見受けたし、話の 内容におかしいところはなんら感じなかった。普段見ないであろう恐ろしい光景を、思い出すこと でさえ忌まわしいといった面持ちで、それでも気丈に話してくれた。その心に偽りはないだろう。

例え何かを偽っていたとして、それで彼女に利点なり利益なりが転がり込むとも思えなかった。自 分の配下にある武家とはいえ、それなりの身分を持つ屋敷である。その次男坊の死体を見たと偽っ て混乱させ、何を得るのか見当がつかない。あのとき見せたものが演技だったとしたら、今江とい う女性は相当の悪女であるといっていい。


――今江が共犯の関係にあるなら・・・・・・


何も書いてはいない真っ白な和紙に記憶にある今江の面持ちを映してみる。

気を失った、と彼女は言っている。だが、気を失ったというのが虚言であったとして、関係が成立 するのは哉道のほうである。哉道と今江に何があったというのか。二人で共謀して次男坊を殺して 、得があるというのか。家督はとっくに長男が継ぐと決まっており、孫までいたあの状態で、あえ て実行することの意味がないではないか。

豊かな黒い髪を持っていて、滑らかな額とその下にある二つの目は形良く、美人であった。その今 江と、哉道に何某かの関係があったとして、それを次男坊が知ってしまった。それは二人にとって 都合の悪いことで、だから殺してしまった。


――違う


だったら、今江と哉道は手に手を取ってさっさと逃げおおせているはずである。加えて、哉道は厳 格な武士であった。妻をこよなく愛し大切にし、それは梶原の党内でも有名で、はっきり言って、 今の想像は下司の勘繰りと言われても反論できない。何より、彼の人となりを知っている景時はそ の可能性を真っ先に否定した。

では、あとは何が残っているのであろうか。

帰り道に譲と話したことが頭の中で繰り返される。聡明な外見を持つ少年は、その外見を裏切るこ となく聡明な考えを朧気ながら話してくれた。

計画的であるなら、ひどく杜撰である。だがしかし感情に駆られてのこととも思えない。

確かに、哉道は時々次男とのいさかいについて零していたことがる。放蕩が過ぎて頭が痛い、と。 とはいえ、内情をた易く口にするような性分の男ではなかったし、酒宴の席で酔いに任せて冗談交 じりに、という程度であったと思う。口数が少ない男ではなかったが、軽口を始終叩いているよう な男でもなかった。

歯痒い。

それが今の景時の思っていることだ。

必要な情報は揃っている、というよりこれ以上の情報は出てこないだろう。話を聞かせてくれた人 は皆、見たままを語っていた。あとは、こちらで精査して組み立てて何が起こったのかを筋道立て るだけだ。そして、それが出来ないでいる。


――うーん・・・・・・


曲がるべき辻を一つ間違えて、思いもよらぬ道に出てしまった時や、下るべき山道を間違えて全く 知らない麓に降り立ってしまったような心持に近い。どこかで何かを違えている。では、何をたが えているのだろうか。

それをしっかりと掴み取れないから、思考はまた同じところに戻ってくるのだった。

屋敷に戻ってきたのは昼下がりであったはずなのに、ふと目をやった庭は少し薄暗くなっていて、 もうそんな時間かと一人苦笑を滲ませた。盛夏ほどの日差しをもたない太陽は、沈みゆくときもあ まり主張せず、さっさと沈んでは夜の出番をもたらす。そう気付くと、盤台所のほうからなにやら かぐわしい匂いが漂ってきて、今夜も譲が珍しい料理を食べさせてくれるのだろうと思えば頬が緩 む。

異世界は想像もつかない。たくさん話を聞かせてくれる二人だけれど、二人が脳裏に描くそれと自 分の脳裏に描くそれの間に、決定的な差があるのはよくわかる。だって知らない。知らないものを 想像してみるのは楽しいことだが、いずれ、あの少女も自分の世界に還って行くのだろうと思うと 、不思議と寂しさに似た感情が付きまとう。

今が盛りの、瑞々しい緑を凝縮して填め込んだ、綺麗なガラスのような瞳を持つ少女だ。藤色の真 っ直ぐな髪はさらと流れて背中に広がり、頬にかかる一筋の束を何の気なしに耳にかけてはふふと 笑う。なんて穏やかに笑うのだろうかと、見とれている瞬間があることを自分でも自覚している。

けれど、あまり踏み込んじゃいけない。

遅かれ早かれ、東から伝令が来るだろう。そして、それに逆らうことなど出来はしない。

それも自分で自覚している。


「――景時、いいかい?」


誰にも見られたくないような苦笑を遮ったのは、最近耳に馴染んできたヒノエの声だった。





「ヒノエくん」


どうしたのと聞きつつ振り返ってみると、支柱に体を預けていた彼はくしゃと前髪を掻き揚げ、少 し呆れているようなバカにしているような、つまり男にだけ向ける口調でこう返してきた。


「アンタ、あれがどう動いたのか聞かないのかい」
「――・・・・・・」
「それとも、聞きたくない?」


どうだと問うてくるヒノエの口調はどこか挑発するものを含んでいて、無遠慮に部屋の中まで入っ てきた。質問に是とも非とも答えない景時の瞳を真っ直ぐに見つめて、にいと不敵に笑ったその顔 はなんだか年不相応で、彼を少年と気安く呼ばせない雰囲気を持っている。彼の正体は未だいまい ちわからず、六波羅でろくでもない男に絡まれているところを助けてくれたのだと望美は言ってい た。

あっという間に皆に馴染んでしまって、それに加えて弁慶と知り合いだというのだからあの九郎も 警戒を解いたのだ。この屋敷に出入りしているのも、小さな白龍の一言――ヒノエも八葉の一人だ ということ――と会って間もないはずなのに、当の望美自身がひどく信頼しているのがわかったか らだった。譲と、望美と、年近い彼らは団子のように毎日どこかへ出かけている。


「――君は、何を知っているの」


座ったままヒノエを見上げる。こうして向かい合っているとよくわかるもので、ヒノエは呆れるく らい綺麗な顔をした少年だった。飄々とどこか、風の吹く方向に行ってしまうくせにちゃっかり戻 ってきてはまた姿をくらます。景時は慎重に距離をとりながら、そう聞き返すほかなかった。

年端も行かない彼が、あれを知っている。

それは先の件ではっきりしていることだ。


「さぁ、何だと思う」
「わからないよ、そんな答えじゃ」
「その言葉、そっくりそのままアンタに返すぜ、景時。聞きたいのか、聞きたくないのか――ま、 アンタならどうやったのか想像ついてるだろうけどな」
「ヒノエくん、君」
「あいにくとオレだって全部知ってるわけじゃない」


これは何かの誘導だろうか、誘い水を差し向けて何か零すのを待っているのだろうか。知っている ことを話せと言い返したら、先にお前が言えと返してくるだろう。それが判っていてなお、景時は 慎重さを得て口をつぐんだ。その態度がまた、ヒノエには気に食わないらしくふんと鼻から息を抜 いた。


「君にとって有益なことは知らないよ」
「それはオレが決める」
「だけど、オレも君の事を良く知らない」
「良く知らない相手には話せないようなことかい」


悪戯っぽく彼の両目がきらめいて、揚げ足取りとも言える返答に景時はどうしたものかとまた口を 閉ざす。短い会話の中でヒノエ自身の、おそらく生来のものと言っても差し支えないような聡明さ ――言い換えれば頭の回転の速さが透けて見える。馬鹿でも阿呆でもないことはその見てくれから ぼんやり伺えるが、こうして言葉を交わしていると痛いほどに判る。

どこまで話したら気が済むのであろうか、彼は。何を引きずり出そうとしているのであろうか。そ して、引きずり出して何がしたいのであろうか。


「オレが知っているのは、あれがあれになる前のことだけだよ」


そう、絞り出すように答えるしかなかった。はぐらかそうとも誤魔化そうともしているのではない 。ただ本当にそう答えるしかなかった。あれがどんな風にして歩んできたかなんて知らない。


「――へえ」


対するヒノエは器用に片眉だけ吊り上げて、面白いことを聞いたとでも言いたげに口元だけで笑っ た。それから先を促す気配はないくせに、自分自身も言葉を発しようとしないのは出方を待ってい るのか、それとも彼もどう答えようか考えているのかさっぱり見当がつかない。


「どうしてそんなことを聞くんだい、ヒノエくん」
「いいや、何となく、ってやつかな?」


理由がなくちゃダメかい、とヒノエは続けた。そういわれてダメだと言えるほどのことでもなく、 互いが何を目的としているのかうやむやなこの会話の中では警戒したほうが逆に怪しまれそうで、 だが怪しまれるようなことがない景時としては一体どうしたらいいのかそれこそわからずじまいだ った。しかし、怪しまれることがないからと言って軽々しく口にしたいものではなく、そして、そ のことはあれ自身も望みはしないだろう。

人々の口端に上る。それも、後ろ暗いところが大有りの人間の間だけで、だ。御天道さまの真下を 両手振って歩いている人にはそれこそ関係なく、知る由も知る必要もない名前である。


「あんまり深入りしないほうがいいよ」


少年に向かっていえるのは、その一言だけだった。















ん!なんかオリキャラ姐さんと景時は知り合いらしい!
ヒノエと景時の腹の探りあい。
じゃんの語彙力と発想力がないせいで失敗フレーバーでました。