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attention! 死体に関する描写が含まれています


伏籠 4




義路の屋敷に辿り着くと、門前の舎人から伝わったのだろう、主が勢いよく飛び出してきた。

義路は愛娘を失った父親が皆そうなるように、泣きはらした瞼とくぼんだ瞳がひどく対照的だった。それにも関わらず、 きちんと居住まいをただし、弁慶とヒノエの二人を出迎えたのはさすがの一言に尽きる。


「わざわざご足労頂きまして、痛み入りまする」

「いいえ、どうかお構いなきよう。僕は武蔵坊弁慶と申します・・・・・・こちらは僕の補佐をしているヒノエと申します」

「・・・・・・おい!」

突然、伯父の部下だと紹介されてヒノエは面白くない。ここが熊野なら周囲の人間が彼を叩ききっていたところだろう。 なにせ彼の正体は熊野水軍の頭首にして三山を統べる別当でもある。 一軍師の部下になど、一万回転生したってなるものではない。

が、紹介した本人は涼しい顔で彼を無視した。


「ひのえ、殿、ですか・・・・・・変わったお名前ですな」

「これでもいろいろとある身分ですので。どうかお察しください」

「これはあい失礼いたしましたな」


ここで抗議しても、ややこしくなるだけだとヒノエは憤懣を抑えてこの状況に慣れることにした。悔しいが、 弁慶が口上に述べた身分のほうがなにかと動きやすい。ここは熊野ではなく、政の中心地・京なのである。 きっちりと頭を切り替えるあたりが、ヒノエと弁慶の共通項といえるし、彼の聡明さを際立たせるものなのだ。

義路は代々の帝、というよりその位を譲り、院に下がった権力者に近い家に生まれた。 ゆえに、家系として権力争いに巻き込まれることが少ない。代わりに内裏で目覚しい昇進も、 帝の覚えがめでたいわけもでなかった。

しかし、かといって安穏と歌を詠んでいるのでもない。内裏は混沌とした秩序を保ち、 時流を誰より先に読み取る者だけが生き残る世界でもある。その目測を、己が権力に酔って読み誤った筆頭に清盛が挙げられるし、 末路はついに一族をつれての都落ちとなったのは記憶に新しい。

義路は、それなりに才覚があり、それなりに泳いできた人物なのである。

それは顔中に刻まれた皴や蓄えられた髭に見えていた。


「このたびはまことに・・・・・・」

「あぁ、いや、結構です。こちらこそ、源氏の御大将にご迷惑をおかけいたしまして」

「・・・・・・」

「此度のことで夏澄はいたく沈んでおりましてな・・・・・・死んだ、吉野も、私にとっては娘同然でございましたから」

「ええ、心中お察しいたします・・・・・・その、下手人についてですが」

「成隆殿の身柄は、すでにしかるべきところに移しております」


このことについては、義路よりも弁慶のほうが詳しいだろう。

成隆は今朝の内に縄にかかり、すぐさま六条近くの獄に入ったはず。今頃、拷問とも脅迫ともつかない取調べを受けているはずである。 そこで、成隆は「自分はやっていない」と言った。が、状況から見るに彼が実行したとしか思えないのだ。


「不躾なことをお聞きいたしますが・・・・・・」

「なんでしょう、ヒノエ殿」


神妙な顔つきをしていたヒノエが、この場にふさわしい声の低さで切り出した。


「命を奪われた、麗しい女房殿は、どちらでお休みです?」

「は、と申しますと」

「無駄な言葉を省かせていただきますが・・・・・・ご遺体は、どちらに」


本当にいらない言葉をすべて排除した申し出だった。神妙な面持ちで聞いてくるが、これにはさしもの義路も面食らった。

目の前の青年は決して不遜な態度で問うてくるわけでも、笑顔を浮かべて聞いてくるわけでもなかった。なのに、それを諾々と受け入れる心持にならないのは、 やはり死んだ吉野への不可侵さが先立つのか。 そんな胸中をとっくに察しているヒノエは、いつもの口上でまくし立て丸め込め、ついに承諾させたのだった。




吉野の死体は一見して粗末とわかる白い衣に包まれていた。

固く閉じた瞼、滑らかな曲線を描く頬、薄い唇。総てが血の気を失い、文字通り土気色へと変わっていた。この場同席することを拒んだ義路は外で控えている。

ここは、北の対と盤台処を連結する隙間の、このような目的のために立てられた小屋だった。

扉の前で、弁慶が身分相応に読経を終えた後、二人は吉野の亡骸と対面した。

白い面と対比する黒い豊かな髪は、生前の彼女をどれだけ引きたてたのだろうと想いを馳せる、が、今はそんな場合ではない。


「ヒノエ、相手は御仏ですからね?」

「残念ながら、死体に欲情するほど飢えてないね、クソ法師」


弁慶の言葉に辛らつな返事をし、場にそぐわずにやりと笑った。


「それに、相手にするならくるくる表情を変える、眼を奪われる花のほうがずっといいからね」

「・・・・・・ヒノエ、彼女は神子ですよ?」

「熊野の神々だって両手を振って歓迎するさ。少なくとも、元荒法師よりはいいんじゃない?」

「昔の話ですよ」


と、軽口を叩きながらも二人は冷静に吉野を観察していた。

弁慶もヒノエも、置かれた立場と時下が災いしてか、死体は見慣れている。今更騒ぎ立てるタマでもないが、さすがに、首もとの無残なうっ血には眉をしかめた。 それは、細い首に絡みつく忌むべき色した蛇のようで、ためらいを感じさせるものではなかった。

これ以外に外傷はほとんどないといっていい。綺麗なものだった。肌の色を除けば、ただ眠っているようにしか見えない彼女は 確実に三途の向こうに逝ってしまっている。


「抵抗した様子がありませんね」


ぽつりと、弁慶が言った。


「あぁ、どうだ?」


こういったことには薬師である弁慶には敵わない。吉野のすぐそばにかがみこんだ弁慶を、ヒノエは見下ろす形で尋ねる。 それに、至極簡単に答えたのは一瞬の後。


「間違いなく、絞殺ですね。腰紐と痣の太さが一致しているし、顔面のうっ血、耳から出血した跡も・・・・・・ただ」

「ただ?」

「この香りはなんでしょうね?」


吉野の死体は崩れる前だった。今はさして暑い季節ではないし、今朝方発見されたのなら当然のことである。太陽は、まだ南中する前。 日が隠れているうちはまだ生きていた。そう思うと、生前面識がないとはいえ、やりきれなさを感じた。


「沈香・・・・・・だけじゃあないな」

「えぇ。香りなら景時が詳しいのですが」


二人、無意識に似た面を見せる。しかめっ面をすると、ヒノエは父よりもこの叔父のほうに似てしまうのだ。それも、傍から見れば判るのであって、 とうの本人同士は知らないのだから何とも間抜けといえば間抜けである。


「さて、これ以上眠っている方を邪魔するわけにもいきませんね」

「あぁ、少しばかり失礼して、と・・・・・・」


と言い出すや否や、ヒノエは懐から一枚の布を取り出した。無臭であることを弁慶に確認させてから、冷たい手首を持ち上げて十分に擦り付け、 匂いが移ったことを確かめてから袋に入れる。

ヒノエの意図を察した弁慶は何も言わず、こう聞いた。


「指先は固かったですか」

「は?あぁ、固まってた。ガッチガチ」

「そうですか・・・・・・」


聞いたくせに質問の趣旨いわない。いつもの弁慶の手法である。まぁいいさとヒノエは肩をくすめ、小屋を出た後に、 もう一度弁慶が経を読むのを聞いていた。




義路の屋敷を辞して後、二人は肩を並べて歩いていた。

黒い外套が歩いているような弁慶と、緋色が眩しいヒノエが並べば嫌でも目立つ。女性からの視線をとんと気にすることなく二人はそぞろに歩き、 これからどう切り出すか相談ともいえない相談をしている。


「さて、望美さんになんと言いましょうか・・・・・・」

「ったく、義路殿も厄介なお願いしてくれたね」


いわく、院の覚えもめでたい――これは間違いなく神泉苑での一件をさしている――高名な神子様に、ぜひとも屋敷に来て穢れをはらってほしい、ということだった。

もちろん、人は生まれた限りは死んでしまうし、義路も承知している。だが、愛娘の夏澄の落ち込みようと、故意的に黄泉路へ逝ってしまった吉野への弔いは、 通常の供養で満足するわけもない。だから、ここは一つ神子様のご登場を願いたい、といったところか。

腐っても僧侶の弁慶にしてみれば、きちんと供養をしてあげれば死者は道に迷わず仏の下へと辿り着くと思っているし、穢れは喪に服すればいずれ落ちる、 とわかりきっているので厄介なことこの上なかった。しかし相手は院の側近。無下に断れば話は遅かれ早かれ耳に入ってしまうだろうし、 どうせ入れるならいい話に越したことはない。


「・・・・・・あんた、またどうせろくでもないこと考えてるだろ」

「いやだな。一体、僕が何を考えてるって言うんです?」

「例えば、ここで神子姫様に祓ってもらって、院にいい噂を届けよう、とか」


熊野の若き頭領を侮ってはいけない。

そっくりそのまま言い当てられて、弁慶はしばし目を見開いたが、すぐにいつもの一物含んだ笑顔を浮かべた。


「全く、そんなに物騒なことを考え出すなんて、君は誰に似てしまったんでしょうね」

「さぁ、あの隠居ジジィが言うには、アンタそっくりらしいぜ?」


互いは絶対に認めたがらないが、ふたりはやっぱりそっくりなのだった。








やっぱりのんちゃん登場。やろーばっかじゃ、ね!
朱雀の会話は書いていてほんとに楽しい!