attention! ぬるめですが15R程度の描写が含まれています
伏籠 3
その晩は月がなかった。晴れ渡った空には無数の星々がここぞとばかりに輝きをまし、成隆は祝言の日取りを告げるにはふさわしい晩だと一人満足していた。
真っ黒な絹織物の上に、大小さまざまな真珠を惜しみもなくばら撒いたかのような空の下、愛しい吉野になんと告げようか、
能天気に考えながら牛車を進めさせた。
そうこうしているうちに車は義路邸に着き、従者が控えめに外から声をかけた。
「成隆さま、着きましてございます」
「うん、すぐに行くよ。迎えは太陽が昇ってからでいいからね」
「御意」
申し分ない血筋に育ち、現在国を二分している戦からも少々離れた立場にある彼は、生来ののんびりさも手伝って、よく言えは鷹揚、悪く言えば鋭さに欠ける人物であった。
だから、夏澄のように聡く、多少言葉がきつい女性は不釣合いだったし、吉野のように広い心持女性は適役だったのかも知れない。
容姿も人並み以上――かつて内裏の女性をとりこにしていたあの兄弟に比べたらかすんでしまうものの――で、浮名が絶えることはなかった。
だが、それも終わりを告げる。たった一人の、吉野という女性と恋に落ちてしまったのだから。
それまで相手にしていた女たちに感じたことのない、いわく形容詞し難い愛情を彼女には感じていた。それを胸のうちに秘め、愛を囁く新婚生活を思い描くのは至福であり、
それが終わる日なんて考えたことも――考えたくもなかった。
勝手知ったる邸内を、手元の灯明だけを頼りに進んでいき、いつもの局の前で立ち止まった。下ろされた御簾の隙間から、彼女が愛用している沈香の香りを吸い込めば、
これから訪れる時間に否がおうにも胸が高鳴る。
「吉野様、成隆でございます」
控えめに声をかけても、いつも返ってくる返事がない。不審に思って何度か声をかけるが、やはり鈴の鳴る声は聞こえなかった。
――文は欠かさず送ってるし・・・・・・
はて、何か機嫌を損ねるようなことをしただろうかと首を捻ったとき、明かりが薄く漏れる御簾の中から白い手が伸びてきた。
「わわっ!よ、吉野さ」
「――お静かに」
御簾の中に引き込まれた反動で手元の灯明、室内の灯明の両方が消えてしまった。
「――あ」
明かりが、と言葉を紡ぐ前に、暖かい何かで唇をふさがれる。それが吉野の唇だと認識した瞬間、柔らかな舌が割って入り込み、
己の歯列をなぞる。いつになく積極的な吉野の行為を受け入れ、舌をこちらから吸い上げれば、
その先をねだるように彼女の手が体中をまさぐる。
「・・・・・・んっ!」
刹那離れた唇を名残惜しめば、次に口に感じたのは熱い酒。呼吸をする間もなく襲ってくる彼女の唇を嬉しく思いながら、
次々に注がれる酒を飲み干していく。
「吉野様・・・・・・」
柔らかな部分に手をやり、相手の息遣いが荒くなるのを感じ取り、さらに愛撫を施してゆく。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
声もなく、互いに手探りで衣をはだけてゆく合間も、吉野は彼の口に直接酒を注ぎこんでいった。酒と吉野の行為の両方に酔った成隆は、
いつになく大胆になれた。
「・・・・・・あぁ」
「吉野様・・・・・・」
ひときわ高い声を聞けば、己の雄が痛いくらいにふくらみ上がり、早く熱い肉に包まれたいと主に訴える。
性急に、けれど焦らしつつ成隆を悦ばせる吉野は、別人かと思うほど巧みに彼を導いていった。
そうして、夜が明けたとき、成隆は精を出し尽くした心地のよい疲労感で惰眠をむさぼっていた。が、
従者が門の前に来るころにはきちんと衣服を整えて立っていた。
本来ならば吉野に一声かけてから退出すべきであろうが、とうの吉野は声をかけるのをはばかるくらいに良く眠っていたのだ。
――今度でいいかな
告げるべき祝言の日取りは、この後にやる文に託そう。にんまりと笑い、嬉々として迎えの牛車に乗り込んだのだった。
「で、そしてその吉野・・・・・・という女房が部屋で死んでいた、と?」
「そうらしい」
「閨に口出すのは野暮ったくてならないがね、一応聞いとくけど、男は本当に成隆殿だったのかい?」
「あぁ。屋敷に入れた女房がそう言っている」
ヒノエは九郎の返事にふうんと相槌を打った。
三人がいる一室は重たいのだか軽いのだか一瞬では判断のつかない空気に包まれている。重たいのは九郎が発し、
それをヒノエの軽薄さが見事に打ち破っていた。
弁慶がじっと黙り込んでいた口をようやく開いた。
「九郎、君はどう思うのです」
「俺は・・・・・・婚儀を間近に控えた男が相手を殺すとは到底思えん」
「その、吉野さんはどうやって殺されたのです?」
「詳しいことはまだわからないのだがな、腰紐で首を絞められていたらしい」
「見つかったのは――成隆殿が去ってから、ですか・・・・・・」
「そうだろうな」
神妙に九郎は頷く。本来、実直な彼は、いちいち向けられる質問に生真面目に答えた。
九郎の役職は京の警護を主にする。大方追い払ったとはいえ、木曾の残党があちこちで小競り合いや狼藉を働くし、京を狙う平家に睨みを利かせなければならない。
それに、日々起こる事件について、処罰を与える権限も有しているのだ。
当然、今回のことについても何らかの処罰を下さねばならないだろう。
しかし。
「今の状況から、判断できねぇってか?」
九郎の胸中を読んだかのように、ヒノエが言う。ちらと視線を送れば、いつもと変わらず不敵に微笑む緋色の双眸。
これがこのような状況でなければ反論の一つや二つを言ってやるのだが、
今の九郎には出来そうもなかった。
「あぁ。何か――うまく説明が出来んが、このような状態で処分は下せない」
「それは僕も同じ意見ですね。今は時期尚早ですね」
「じゃあどうするってんだよ?」
ヒノエは嫌な予感に眉をしかめる。腰を上げようとした彼の衣をちゃっかり掴みながら弁慶はやはり笑って言った。
「調べるしかないですねぇ」
「俺がかよ!」
「君以外に、誰がいるとうのです?」
弁慶はヒノエより一枚も二枚も上手である。
ときすでに遅し、後悔先に立たず。心の中で空を仰ぎ見るも、そこは低い天井が広がっているだけだった。
どう考えても成隆がばかっぽい
というわけで今回の探偵は朱雀の二人に決定