The Phantom of the Opera  ――第二幕休憩――




時間の経過が計れない店内は三人だけが動くもので、あとは全部止まっている。女はすっかり短く なった紙巻煙草を灰皿に押し付けてウィスキーを喉に流し込んだ。どれだけ飲んでも女の顔色は全 く変わらない。泰衡はすっかり氷が溶けて薄くなってしまったラムを一気に飲み干し、視線をテー ブルの木目に合わせた。


「と、まぁこれが<ヒキガエル>ですわ」

「・・・・・・」

「それで、その政子と言う歌手は・・・・・・?」


九郎が女に尋ねる。女は少し沈黙してから答えた。


「アレ以来、気が触れましてね。確か・・・・・・そう、ルアン地方で静養していると聞きしまし たけれど。本当かどうかは妾にもわかりませんの」


三人のグラスがすっかり空になった頃、これまた絶妙なタイミングで置くからマスターが姿を現し た。泰衡は同じラム、九郎はシェリー酒、そして女はぶどう酒を頼み、マスターは無駄なく新たな グラスに注ぎいれる。再び奥へ戻る老人の背中を見やりながら女は話を続けた。


「政子の<ヒキガエル>の後、代役を急遽望美が務めましたの。お分かりでしょうけれど、あんな 不祥事の後に見事に歌った彼女はガラ・コンサート以上の評価を受けましたわ」

「最低の声の後の、最高の声、か」

「ええ」


いわれなくても想像がつく。

泰衡と九郎はこんな話を聞きながらでは酔えるものかと思った。話し手ならなおさらのことだろ う。だから女はいくら飲んでも顔色一つ変えないのだ。


「一つ、訊ねてもいいだろうか」

「何なりと、九郎様?」

「その、重衡殿と望美という歌手の関係は一体・・・・・・」


九郎の質問に、女は瞳だけで笑ってみせた。子供が当たり前のことを無邪気に聞いたとき、聞かれ た大人がその子供に向ける笑顔と同じそれを女は浮かべていた。


「そうですわね・・・・・・話を少し戻してもよろしくて?」

「あぁ、構わん。それに、今の話では<怪人>との接触時期が分からんからな」


泰衡が短く答え、女はふうと溜息をついた。いつの間に取り出したのか、指の間に新しい煙草を挟 んで持っていた。それを口元に運びながら、視線を宙に彷徨わせる。近くのランプの炎が揺らいだ。


「では、話をガラ・コンサートの夜に戻しましょうか」

「望美が政子の代役をした夜だな」

「ええ、<音楽の天使>のお話ですわ・・・・・・」


女は煙草に火をつけ、深く息を吐き出した。










やっと泥沼の気配!
重衡がしゃべってくれることをお祈りします