The Phantom of the Opera  ――第一幕休憩――




「あの時」


女はウィスキーで口を潤しながら言う。


「あの時、もしもあのお二人が<怪人>の話を信じていれば――天井からクリスタルの雨は降らな かったかもしれませんわね」


話を聞いている九郎と泰衡は押し黙ったままだ。店に来たときにいた二人連れの男はいつの間に かいなくなっており、初老のマスターでさえ奥に引っ込んだまま出てこない。細長い店内は今 、三人が貸しきった状態であり、暗い空気は逃げ場をなくし、パリ市警の二人を包んで離さなかっ た。

グラスのふちを細い指でなぞって小さくはじくと、ぴいんと澄んだ音が響く。

やけに呼吸音が耳元で聞こえる。知らないうちに汗ばんでしまった手のひらをズボンに擦り付けて 九郎は酒を喉に流す。ここは、暑いのか寒いのかすら分からない。


「信じられるか、そんな話」


奥歯で苦瓜を思い切り噛み潰したような表情で、泰衡が絞り出していう。目の前に出されたグラス は一向に口元に運ばれず、ただの無用の長物と化していた。

無機質な高音を響かせて中の氷が揺れた。


「誰しも初めはそうおっしゃるものですわ――あなた方だって、信じてはくれなかった」


女は長い睫を伏せて小さく言った。


「さて・・・・・・此処までで何か質問はおありかしら、泰衡様?」

「望美という歌手は一体いつから<怪人>と接触をしていたのだ?」

「その話をするには政子の<ヒキガエル>をお話しなくてはなりませんわね」


女はここで初めて愉しそうに笑った。首をかしげると白い項が嫌でも目に付く。誘うような色香を 隠し切れない女は、得体の知れない――そう底なしの沼へと誘って突き落として笑っているような 空恐ろしさを感じさせる。


「では、その話を」


短い九郎の催促に、女はふうと紫煙を吐き出して応えた。










やすんがよくしゃべる
そして九郎の口調がわからないのは内緒