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大丈夫、なんていわないけれど

きっと、明日から元気になるよ



Honey Latte


なんだか全部上手くいかない、と望美は思う。別に何がどう上手くいかなくて、何が原因で、これ を直せば次はきっとよくなる、というのが全く見えてこないのだ。よく、「何がわからないのかわ からない」と言われる状況に似ているのかも知れない。

それはとても簡単なことで、ほんの少し、例えば右に向けていた視線を真ん中に戻せば原因がつか めるくらいの程度なのかも知れないけれど、その簡単なことが判らない。判らないから、また考え る。考えてもわからない、だからまた考える。

ちょっとしたあり地獄に似ているのかも、なんて思いながらも毎日は過ぎてゆくし、時間になれば ご飯を食べて寝て、そして鎌倉の各地に起きる怪現象を追っていく――あちらの時空から来た仲間 と。

冬休みに入ってから、学校という時間的にも物理的にも拘束されるものがなくなって――実際授業 を受けている間も将臣がいるとわかりながらハラハラしていたのだが――彼らと過ごす時間のほう が圧倒的に多くなった。部屋に朔が遊びに来るのもなんだかこそばゆい感じがして、一人おかしく なっていたし、あの九郎が携帯電話を片手にしている姿はなんだか可愛らしい。先生や敦盛は始め こそ戸惑っていたものの、今ではすっかりなれたものである。ヒノエと景時に限っては、目新しい もの全てに興味がいくらしく、それぞれの視点でそれぞれに質問をぶつけてくるものだから叶わな い。

鎌倉に怨霊なんかがうろつき始めたことは由々しき問題であるし、早急に解決すべき問題、それこ そ優先順位の一番最初、いの一番に出てくることである。けれど、この時空で過ごすこと叶わぬと 思っていた仲間と一緒にいられるというのは――素直に嬉しい。嬉しいのだが。


(心のかけら、ってやつ……の、せい?)


母親に頼まれたお使いの帰り、夕暮れの迫る道はもの寒い。吹き抜ける風にはぬくもりの一欠けら もなく、揺れる木々の、常緑樹の葉も凍えて身を縮めているように見える。これから瞬く間に日が 落ち、息をついたと同時に冬の夜空の、夏よりももっと緊張しているかの星空が広がるのだ。

家まであと少し、というところで手袋をしてこなかったことを後悔した。コートからはみ出た手は 、片方はポケットに突っ込んでいられるからまだましだけれども、もう片方はビニール袋を持って いるのだからどうしようもない。寒風吹きすさぶ中、望美は顎をほとんどマフラーに埋めるように して歩いていた。

茶色いブーツのつま先が、アスファルトの褪せた灰色を右、左と規則的に踏んでいく。


(でも・・・・・・)


右の足が引っ込んだと思うとすぐさま左の足が出てくる。左が地面をけると、いいタイミングで右 足が出てくる。

確実に腹の底に溜まっていると思うものがある。それがなんだかは想像もつかないけれど、体が動 くたびにたぷんたぷんと波立つようなそれは、波立つたびに少しずつ望美の何かを削いでいった。


(なんだかそれだけじゃ――)


「地面に何か面白いものでもあるのかい、神子姫様?」


右の足が出てきたところを見るのと同時に、思わぬところから声が降ってきた。聞き間違えるわけ がない。この声と、こんな呼び方をするのはたった一人――ヒノエである。


「ヒノエくん」
「下向いたまんま歩いてちゃあ転んで怪我するぜ、望美?」
「もう・・・・・・そんなにトロくないよ」
「そうかな?こっちの地面はあちらと違って固いからね。お前の足にいらない擦り傷でも出来たら 大事さ」


地面に向けていた視線を久しぶりに上げてみれば、そこには緋色の髪と瞳を持つ、えらく顔の整っ た少年がぱちんと音を立てんばかりに片目を瞑って見せている。

望美は一言、大げさだと苦笑してみせ、そうしている間にヒノエは極自然な仕草で彼女のもってい たビニール袋を取り上げてしまった。一瞬だけ触れたはずの指が、瞬き一つの間に冷えた手を全て 絡め取ってしまったことに、温かな手のひらが甲を包んでいるときにやっと気付く。そして、何が おかしいとでも言わんばかりにヒノエは、望美の冷えた手を自分のポケットに入れてしまうのだっ た。


「ひ、ヒノエくん・・・・・・!」
「ずいぶん冷え込んでるね、望美?家に帰るまでにあったまればいいけれど」


生まれて一度もそんなことをされたことがない望美は慌ててしまい、一気に頬が紅潮するのがわか る。ちらほらとすれ違う人の視線を気にして、眼を四方八方に泳がせているのに対し、ヒノエはど こ吹く風で飄々としたものである。どこにいても変わらない、背筋をまっすぐ伸ばして歩く姿は、 ともすれば鼻歌でも歌いだしそうに見える。

そう、本当に変わらないのだ、彼は。

何かの拍子にこちらを翻弄させるような言動も、いつでも真っ直ぐ顔を上げている姿勢も。

斜め後ろから見える顔立ちは、そこはかとない少年らしさを持っていて、きりと結んだ口元や、綺 麗な曲線を描く額を、気まぐれな風がふわと前髪を揺らして見え隠れさせる様子を見入ってしまう のはなぜなのだろう。見入って、大人しくなってしまう。普段なら軽口の二つや三つを叩いてもい い距離を、彼は寡黙に歩き、望美もそれについていった。


「で、望美はこの後何かあるのかい?」
「・・・・・・特にはないけど」
「そ。じゃあちょっと時間をくれないかな?ここで待ってるから、お前の母君にこの品を渡してお いで」


恥ずかしさやら、誰かに見られたらどうしようとか、変な意識に持っていかれている間に自分の家 の前に着く。あっさりと手を放してくれたヒノエは、相変わらずの口調で問うてくるものだから、 望美も正直に答え、とんと背中を押されて玄関に入る。振り返り際、あっけらかんとした笑顔でひ らひら手を振っているのがなお悪い。




時間をくれ、だなんていうからてっきりどこかへ連れ出されるのかと思っていたら、何のことはな い、お隣の有川家であった。それに少々気が抜けたというか、拍子抜けしてしまったのは望美の素 直な感想である。

なじみのあるリビングに着いたとき、まあ座りなよなんてまるで自分の家に招いたかのように言う ものだから、望美は小さく噴出してしまった。


「なんだい?」
「なんでもないよ」


そんな会話を交わしながら、はたと気付いたことがある。リビングには誰もおらず、廊下を行き来 する足音も二回でがさごそと動く音もしない。それどころか、人の気配すらも。


「あれ、皆は?」
「将臣は九郎と先生と敦盛連れてどっか行くって言っていたかな。朔ちゃんは譲と一緒」
「それから?」
「さあね」
「さあね、ってヒノエくん」


向けた視線に多少の非難が混じっていたのかもしれない。真っ直ぐに向けられる望美の視線を受け て、キッチンに立っていたヒノエは眉根を緩ませるようにして苦笑した。


「他の奴らの予定なんか全部把握しきれないよ、望美。俺はお前のことだけで頭が一杯さ」
「もう、またそんなこと言う。譲君に電話すればいいかな・・・・・・」


ポケットに携帯電話を入れておくのはもう体にしみ込んだ習慣のようなもので、手を入れるのと同 時にヒノエから牽制の声がかかる。もうすぐ帰ってくるさ、と。本当にと聞いたら本当、とだけ返 ってくる。こちらの言葉をちゃんと聞いているのかいないのか、彼は手を動かしたまま、こちらを 見ようともしない。


「将臣と譲がくっついてるんだ、安心してなよ。それに、仮に二人がいないとしてもいい機会じゃ ないか」
「どうして?」
「いつもいつも、神子様や将臣がくっついて歩くわけにもいかないだろ。かわいい子にはなんとや ら、だよ望美」
「そおかなぁ・・・・・・」


ヒノエの言葉を受けて、ソファに背中を深く沈めて携帯を見る。確かに、時間はそろそろ夕飯時だ 。みんなの食事を作っている譲なら早々に帰ってくるだろうし、夕飯の時間をしっかり把握してい る将臣も当てをつけて帰ってくるだろう――ならば、安心かも知れない。


「ヒノエ君はどこにも行かなかったの?」
「ああ、今日は波乱含みだろうと思ってね、一日中張り付いてた。時機を逃すとしっぺ返しが痛い からさ」
「・・・・・・何の話?」
「秘密――さあ、どうぞ」


携帯に視線を向けたままの望美は、ヒノエが手を止めたことも判らなかったし湯気をあげるカップ を持ってきたこともわからなかった。隣に座ったと思ったら目の前に差し出された、という感じだ 。


「これ・・・・・・カフェラテ?」
「さぁ、名前はよく覚えてないな。景時が昨日の夜に作ってたのを見てただけだから」


そういえばエスプレッソマシーンが動いていた音がしてた気がする、と思いながらカップを手に取 ると、比喩でなく、骨まであったかくなるようで手のひらは熱いを通り越して痛い位である。ソフ ァに腰掛けたヒノエは、膝に肘をつき、こちらを覗き込みながら飲んでみてという。いただきます 、と小さく呟いて、望美は一口含んでみた。


「あ・・・・・・美味しい」
「だろ?なんてったって俺が淹れたんだからさ」


改めて向き直ったその笑顔は、本当に自信をもっての笑顔で、おいしいと言われることを予め知っ ていたような、そして本当に言われて嬉しいというような笑顔だった。

実際、ヒノエが淹れてくれたものは甘さが丁度良く、かといってコーヒーの風味も味も寸分たりと も損なってはいなかった。砂糖の人口的な甘みではなく、口に含んだとき、鼻腔に香りが上るよう な、それでいてまろやかな甘さはこくりと嚥下するたび、胃を中心にして全身に染み渡るようであ る。


「・・・・・・蜂蜜?かな」
「ご名答。さすがは慧眼の神子様だ」


甘味の正体を言い当てれば、ヒノエはまた笑う。笑って、どうだいと聞く。


「うん、美味しい。コーヒーに蜂蜜って合うと思わなかったよ」
「・・・・・・蜂蜜は疲れた体にいいんだってね」


ヒノエにそういわれて、望美ははっとした。
ああ、なんだ、本当に簡単なことだった。こんな簡単なことが判らないほど――。


「望美」
「うん?」
「お前が困ってる時泣いてる時、助けてくる仲間はいるんだぜ。心配かけさせたくないのはわかる けれどね、全部抱え込むことなんかないんだ。全部抱え込むなんて無理な話だし、抱え込もうとす るヤツってのは抱えこめないって相場が決まってる」


カップを持つ手が自然と震えてくる。焦点は確かに合っていたはずなのに、次第にぼやけていって 、一体何色のカップを持っていたのか判然としなくなってくる。


「・・・・・・でも、そうするしかなかったらどうするの」
「そうする必要が本当にあるのかい?」
「・・・・・・」
「努力は美徳だと思うよ、けれど、無理はいけないね」


ヒノエはふうと息をつき、伏せてしまった望美の顔を覗き込むでなく、どこか遠いところに目をや った。可愛らしいとばかり思っていた隣の少女は、いつの間にか全部背負い込もうとして、その重 みに喘いでいる。重みに喘ぐまで何もしてやれなかった自分が口惜しいといえばそうだけれど、振 り返っても何もなるまい。


「不安と戦うと、恐ろしく疲れるものさ」


ヒノエは一言そういって、静かに頭を撫でてくれた。望美はその感覚をただ受け入れた。

そういえば、こちらの時空に戻ってから毎日毎日気を張り詰めさせていたのかも知れない。その状 態に慣れてしまって、張り詰めていないと不安で、動き回って、扉の向こうになにがあるのか、全 部開いたその先はどうなってしまうのか、考えてもわからなくて、判らないことが不安で、もう全 てが漠然とした危惧感にまみれていたのかもしれない。


「お前は一人じゃないんだよ」


その言葉に、ついに零れた一滴は小さなクラウンを残してカフェラテの中に落ちた。
甘いその飲み物に、少しだけ塩味が混じった。










リハビリ第一作目(というと聞こえがいい
ヒノエがお出かけしなかったのは、一日中ラテを研究していたからです。
相変わらずオチなくて本気ですいません。