何処まで離れてゆくのだろう
心穏やかなあの日々から
赦されないと知っている
福原から京に戻って、もう3日がたつ。
戦の疲れもろくに取らないまま法住寺の法皇様に会いに行って、ここ最近起きている怪異について話をきいた。
もたもたしている暇なんて無い。
早く怨霊を封印して、怪異を鎮めなければ平家の思惑通りになってしまう。
だけど、そうやって焦れば焦るほど、思い通りに体は動かなくなっていった。
「望美さん、起きていますか?」
景時さんのお屋敷、あてがわれた部屋で、ぼんやりと天井を見上げていたあたしは、御簾の向こうの声にはっと身を起こした。
「あ・・・・・・はい、起きています」
「薬湯を持ってきましたよ。入りますね」
お盆に木のお椀を載せて弁慶さんがこちらへとやってきた。
いつもと同じように黒い法衣を頭から被って、口元には柔らかい微笑みを浮かべている。
「気分はどうですか・・・・・・?」
「あ・・・・・・大分楽に、なりました。
ごめんなさい、迷惑かけてしまって」
情けなかった。
怨霊を封印できるのは「白龍の神子」であるあたしだけなのに、体調を崩してしまうなんて。
そのため、今日は一日休むことになってしまった。
じりじりと、お腹の底のほうがこげる様な焦燥感と申し訳なさで、まともに顔を見ることができなかった。
「迷惑だなんて、とんでもない。
君を一日看病できるなんて、不謹慎かも知れませんが、役得だと思ってるんですよ」
「でも・・・・・・早く怪異を解決しなくちゃいけないのに・・・・・・」
体にかけていた単をぎゅっと握り締めると、弁慶さんの手が伸びてきた。
骨ばった手は思ったとおり暖かい手で、思わず肩から力が抜けてしまう。
「それに、皆にとってもいい機会です。
京に戻ってから、休む時機を逃してしまいましたからね」
さ、どうぞと差し出された器を受け取り、素直に全部飲み干す。
本当はもの凄く苦いしにおいもきついのだけれど、早く治すには我慢して飲むしかない。
それでも、眉間にしわが寄ったあたしに、弁慶さんは苦笑して葛湯をくれた。
ほのかな甘味が口いっぱいに広がって、先ほどの味を喉へと流してくれる。
「では、もう少し眠っていてください。
起きる頃にはずっと良くなっているはずですよ」
「はい・・・・・・」
「望美さん、焦ってはいけませんよ」
いいですねと言いおいて、弁慶さんは部屋を出て行った。
その後ろ姿を目で追ってしまう。
行かないで、とはいえない。
源氏を裏切らないでとは口には出せなかった。
弁慶さんは、自分を恐ろしいほど責めているのだ。
彼が、京の応龍を消滅させてしまったのは事実だ。
それを、どんなことをしてでも取り返そうとしている覚悟を、あたしは知っている。
だけど。
だるい体を無理やり起こして、服を着替える。
追いかけなくちゃ。
追いかけて、弁慶さんを止めなくちゃ。
何の妙案もないけれど、みんなを裏切らせるわけにはいかない。
彼の後姿を見つけたのは、長岡京の少し手前でのことだった。
木の陰に隠れて、武装した男と話しこんでいる。
足音を殺し、息を潜めてゆっくりと近づいていった。
「――では、そういうことで、お願いしますね」
「はっ!御意」
二人は短く言葉を交わして人ごみに紛れてゆく。
さらに追いかけようとして――
「誰です?」
確かに前を歩いていたはずの弁慶さんの姿はなく、思い切り肘を攫まれた。
その力は強く、関節が軋む痛みに声も出ない。
「・・・・・・っ!望美さん!」
「べ、んけいさ・・・・・・」
大きく見開かれた琥珀色の瞳に、あたしが映っている。
あたしの腕を、ギクシャクと離した弁慶さんは、いつもの彼らしからぬ厳しい表情で顔を背けた。
「屋敷で寝ていたはずでは・・・・・・」
「ごめんなさい。
でも、弁慶さんを追いかけなくてはならなかった」
けだるい体は今でも崩れてしまいそうで、だけど必死で彼の腕につかまる。
口に手を当てて、厳しい表情をけして緩めない彼を、じっと見つめた。
「他の方法を、考えませんか?
こんなこと、絶対に良くないです」
「君は・・・・・・何処まで聞いていたんですか?」
「全部だと、言ったらどうします・・・・・・?」
「そんな・・・・・・。
君は、いけない人ですね・・・・・・」
言うなり、口元にあった手をはずして引き寄せられた。
均衡を失った体はいとも簡単に彼のうでの中へと落ちてゆく。
「だけど、僕はこれが最善の方法だと思うのです」
唇に触れたのは、柔らかさとは裏腹な冷たい、感情のない言葉で。
あたしが抵抗するまもなく舌がすべり込んできた。
「んっ・・・・・・んぅう!!」
それとともに入り込んできたのは苦味のある液体。
思わず飲み込み、やけに粘着質のそれが喉をすべり落ちた。
ごくりと、上下した喉を確認した弁慶さんが、ようやく唇を離した。
「君は・・・・・・知ってはいけなかったのに・・・・・・」
囁かれた言葉が、急激にかすんでゆく意識に阻まれて、あたしには届かなかった。
腕の中でぐったりとしてしまった望美を、弁慶は軽々と抱き上げる。
柔らかな物腰と、細身の体からは想像できない力で、その場を後にした。
誰に赦されなくていい。
この罪が消えることはないから。
なしたことの重大さを知らないわけがない。
苦しいとも、嫌だとも言うことはおろか、逃げ出すことすら叶わないのは十分承知している。
どんな罰も受け入れる覚悟はとうの昔に決めた。
だから、この道を往く。
なんと言われようとも。
誰が泣き叫ぼうとも。
引き返す道など、もう何処にもない。
☆☆☆☆☆☆☆☆あとがき
この作品は
「After School」の管理人NORIKO様が主催なさっている「キス企画」に提出した作品です。
提出したものに少しばかり修正を加えています。
弁慶、一服盛っちゃったYO!
彼は自分の中で確実な道筋を立てて行動するタイプ。
その計画通りに周りの人物が動かないといらいらする、完璧主義なんじゃなかろうか。
でも絶対この人はなまg(略