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天女の衣を焼き払うのは

地獄の業火と夏の日差し




Look up the Dark Look down the Light




短い夏は、だからこそ光に溢れて人々を外へと誘い、蝉の饗宴がけたたましく緑が濃い。

下から見上げる木々の枝ぶりは、まるで海の水面下から空を見たときのようだ。

風に揺れるたび、わずかな音を立てて枝が揺れ、影が動き、滑らかな頬に落ちるそれは、不規則な斑を描いて二度と同じ形には戻らない。


「・・・・・・」


望美は、喉を塞ぐような暑気の中でゆっくりと息を吐いた。

鎌倉との交渉事に、泰衡は彼女が同席することを許さなかった。

もちろん、この国の政をこの地に遷そうとしているわけではない。

ただ、平泉の平和――言葉を変えるならいかなる権力からも不可侵であるということ――を確定させることが目的であった。

たった、それだけのこと。

それだけのことのために、どれほどの命が泣き叫び、川が血で赤くなったのだろうか。

耳を塞ぐことも叶わないほど、あの断絶魔を幾度聞いたのだろう。


「・・・・・・」


――間違っていなかった。


「・・・・・・」


――間違っていた。


二律背反の己の内はいつだって彼女を責め立てる。

容赦なく追いかけて捕まえて責めて、責めて苛んで、苛んで追いかけてくる。

それは、まるで神話のようなお話。

賽の川原で石を積み上げて鬼に怯える幼子の心境が、今なら痛いくらいにわかる。

望美は一度、ゆっくりと空を見上げて顔をしかめ、そして確かな足取りで伽羅御所の屋敷へと戻った。




伽羅御所に、望美の部屋が与えられている。

初めは高舘にきちんと世話付女房までつけて起居の空間をもらったのだが、倒れた一件に眉を寄せた泰衡の鶴の一声で移ることになったのだった。

別にたいしたことではあるまいと、冷たく一瞥をくれたのは言うまでもない。

だが、こちらのほうが柳ノ御所に程近く、彼が顔を出しやすいということもあった。

寝殿から見る南庭は、夏の日差しに照らされてひどく色が濃く、それに負けじと影が密度を増してそこここに落ちている。

さすがはこの奥州を支配する主の屋敷といったところか。

四季折々の草木は絶えることなく季節を知らせ、崩れることのない造詣は見事の言葉で十分。

望美はぼんやりしたまま、目の前まで辿り着いた彼を見上げた。


「泰衡さん」


漆黒の髪をうなじあたりで留め、藤を染め抜いた同じ色の衣をまとっている。

相変わらず、怜悧な目つきは緩むことをせず、まるで奥州山脈のどこかが噴火したかと勘違いするほどのしかめっ面である。


「神子殿は、暇を持て余してるようだな」

「鎌倉との交渉は」


見たままに皮肉を加えて告げる泰衡に、それに答えない望美。

ふたりは、いつもこんなやりとりを挨拶代わりに交わすようになった。


「今しがた終わったさ。
 今回で、どうにか終わりになると思うが」


鎌倉からの要求は詳しくは知らない。

ただ、あの頼朝は北の方である政子の無血返還と九郎義経の処分権を確保したし、ということをずっと言ってきたはずだ。

前者に対しては微々たる反論も――彼女自身については異国の神の消滅を以って興味がないので――ないのだか、後者については飲むことが出来なかった。

だから、不毛ともいえる交渉をこうして重ねている。


「結論は、出たんですか?」


きりりと、清廉さを交えた視線を送る彼女を見下ろしながら、泰衡は肩をくすめる。


「こちらの要求に応じるそうだ。
 ・・・・・・まぁ、二度と攻め込まれたくないという本音が勝った証拠だな」


鎌倉攻めの陣頭指揮を執ったのは間違いなくこの白龍の神子。

その傍らに、そのいでたちさながら影のようにぴたりと肩を並べていたのは泰衡。

陽の気の前に、抗うことを許されなかったのは鎌倉。

交渉という名のお伺いはどうやら決着がついたようだ。

そうですかと、望美は感情を滲ませることなく呟いた。


「神子殿は案外薄情と見える」

「な・・・・・・!」

「それとも、薄情に見える術を身に付けられたか?」


一度逸らした視線を再び彼に戻せば、そこにはやはり揶揄と怜悧さに唇を歪めた泰衡が居た。


「何を言い出すかと思えば・・・・・・!」

「そうだろう?
 八葉とやらであった九郎の処分が気にはならぬか?」

「それとこれとは関係ありません!
 それに・・・・・・泰衡さんなら、九郎さんを悪いようにはしないと、わかっていましたから」

「そこまでご理解いただけたようで、身に余る光栄だな」


太陽に背を向ける泰衡は逆光の中で、それはまるで奈落の口が人型をとったように切り取って見える。

左肩あたりから漏れ差した日差しに、望美は目を細めた。


――望みは、願うだけでは叶わない


彼は、叶う手段を選ばなかった。

いや、選べる選択肢を最初から総て、自ら切り捨てた。

結果は、彼の思い通り。

それは、誰も失えなかった自分の望みと一致している。


「九郎は、またあの京に本拠を構えると言っていた」

「九郎さんが?」

「ああ、そう、弁慶から伝え聞いた」


動く口元はやけにはっきり認識できるくせに、彼の表情はまったく読めなかった。

望美はいぶかしみを隠すことなく訊ねる。


「弁慶さん?」

「今回の使者にあやつもいたからな」

「弁慶さんが・・・・・・!」


思わず腰を浮かせかけた望美を、力の手加減無く捕まえたのは泰衡。

関節がきしんで悲鳴を上げるほどの痛みに、望美の綺麗な常盤色の瞳がゆがみ、非難の声が上がる前に泰衡の言がそれを封じる。


「どこへ行かれるおつもりかな、神子殿」

「ど、こって・・・・・・」

「まさか会いに行くと、言い出すわけではあるまい?」


非情な言葉に、望美の総てが停止した。

八葉だった人から文が来ても、返事を書こうともしないことをこの人は知っているはずだ。

時折、様子を窺う烏が熊野から送りこまれても、手痛く跳ね返していることをこの人はしっているはずだ。

交渉の話のたび、彼らの近況が話題に上ることを嫌って、同席を禁止したのはこの人のはずだ。

ぐにゃりと歪んだ望美の頬を捕らえて泰衡は続ける。


「逃げるか?」


卑怯だ。

卑劣だ。


「ここで俺を斬り捨てて、あやつと共に京へと帰るか?」


食いしばる唇は震え、こわばる瞳からは溢れそうな透明の雫。


「――できないだろう?」


神の子は、俺と堕ちることを選んだのだから。

奈落の底で、閻魔の前で舞うことを選んだのだから。



望美の思考を奪う口付けはその刹那。




*fin*
















☆☆☆☆☆☆あとがき
やすーんはいいよ。書きやすい。シリアスにしたくなくてもなっちゃうあたりがとてもよい(えー
なんか知らないけど、前の二つとつながってしまいました。
ところで伽羅御所って寝殿造りなんですか?
じゃんは知りません。