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乾いた風に望み乗せて最後の華は堕ちる

巡り来る季節を迎えても忘れえぬ悲しみがある



I Will Never Fall on my Knee and Pray for God



白龍の神子

異界から龍神に選ばれた尊き娘。

彼女が鬼になった瞬間の瞳を、決して忘れることは無いだろう。

鬼にしたのは、紛れもないこの自分。

共に行くことを選んだのは他でもない彼女だ。



鎌倉から帰ってくると、奥州には遅い初夏が確かに訪れていた。

侵攻に出発したのは雪が解けてからすぐのことだったから、約三ヶ月ほどで戻ったことになる。

その間に溜まった雑務に追われて、泰衡はここのところろくに睡眠すら摂っていない。

体の底のほうにこびりついた疲労を僅かに感じさせること無く、部下に指示を出し終わるのと入れ替わりに、望美が姿を見せた。

紫苑の髪をうなじの辺りでゆるく束ね、女郎花色の着物を着ている。

裾から覗く四肢は細いが、まるで山猫のようなしなやかさが見て取れる。

どこかの町娘の格好をした彼女に、泰衡は一瞥をくれた。


「神子殿、今日は里野に行っていたのではないのか?」

「そうだけど・・・・・・戻ってきたの」

「そうか」


短く切り返し、手元の書状に視線を落とす。

溜まった雑務に加え、鎌倉との和議について考えねばならないことが山のようにあったのだ。

そう、鎌倉とは和議ということで決着をつけることとなった。

頼朝の首を手にできなかったのは唯一悔やむべき点だが、九郎や弁慶のこともあり、さらには北の方である北条政子を人質に取ったおかげで向こうは面白いほど言いなりだった。


「・・・・・・神子殿、俺に何か用か?」

「ううん、何もないよ」

「ならば、出て行ってはいただけないだろうか?
 これから鎌倉から使者が来ることになっているのでね」


冷たく言い放ったつもりだが、目の前の女には通用しなかったようだ。

そう、と呟いたきり、足を動かす気配が感じられない。

伏せた視線を躊躇いがちにこちらへと向け、薄く哂った。


「泰衡さんは・・・・・・毎日、ちゃんと寝てる?」


何を言い出すかと思えばそんな質問。

否、と視線を再び書状に戻して言えば、ゆらりと影が揺れる。

長い髪が動きに従って流れ、儚く閉じた瞳が天井を仰ぎ、膝から崩れ落ちた。

それは、とある高貴な舞の仕草にも見え、現実感がどこか欠落していた。


「神子殿!」


倒れた音はさほど大きくは無かった。

抱き起こした体は予想以上に軽く、細い。

顔色は青白いを通り越してもはや土気色に近かった。


「誰か!誰かいるか!」


部屋の外に向かって怒鳴るとすぐに女房がわらわらと現れた。


「泰ひ・・・・・・」


その声は神子の意識を起こしたのだろう。

うっすらと目蓋が開かれ、翠玉の瞳に揺らぎがある。

窪んだ双眸を目の当たりにし、自分の中の何かがずれたような気がした。

最後に、きちんと顔をみたのはいつのことだ?


「泰衡様」

「神子殿を柳ノ御所まで送れ。
 すぐに薬師を呼んで診察させろ」


腕の中の体を女房に預けようとした時、くっと服の裾がひっかかった。

神子が、掴んでいた。

小さな手を包むようにして外そうとするが、それを拒むようにますます絡み付いてくる。


「神子殿、休まれるがいい」

「ねむれないの」


弱い声は俺だけにしか聞こえなかったろう。

腕に力がこもった。

それでもどうにかして女房に任せると、泰衡は執務に戻った。




ねむれないの

彼女は確かにそう言った。



八葉という、神子を守る男たちは京にいる。

彼女は一人、奥州にて時を過ごしていた。

それは神子自身の望みであり、彼らの選んだことだった。


共には居られない


鎌倉からの和議の申し入れを決めた夜、震える声で神子は言った。

空には朧な十六夜の月が浮かんでおり、見上げた彼女の頬は濡れていた。




「神子の様子はどうだ?」

「はい、今は眠っておいでです」


今日の執務を半ば終えたところで、柳ノ御所に戻った。

部屋つきの女房はほとんど手のつけられていない膳を持ち、言葉すくなに答える。

女房の表情に何か言いたい気配を感じて、無言でその先を促す。


「薬師の話によりますと、ほとんど眠っていないのではないか、とのことでございます」

「何?」

「それから、お食事も口にされないようで・・・・・・」


夕日は彼女の褥まで届かない。

暗い影の中で神子という斎き娘は寝息をたてていた。

単衣に覆われた体は、はっとするほど薄かった。

規則正しく上下する胸だけが、神子の命があることを教えてくれる。


「泰衡、さん・・・・・・?」


額の髪を掬い上げると同時に、目を覚ました。

己の名を呼ぶ声は掠れていて、やはり顔を歪めるようにして哂った。


「具合はどうだ?
 ものを食べない、眠らないと聞いたが」

「・・・・・・夢を」

「?」

「夢を、見るようになってから、眠れないの」


綺麗な眉がきつく寄せられ、あっという間に涙がこぼれた。

後から後からあふれ出てくるそれは、夕闇の中で血の色のように見えた。


「夢を、見るのが怖い・・・・・・」


華奢な両腕で顔を覆い、食いしばった唇からは抑えきれない嗚咽が漏れる。

血管が浮くほど強く己の額を掴む手。

艶を失った紫苑の長い髪。

何が其処まで彼女を追い詰めたのか、正確につかめるのは泰衡だけだった。


「神子殿」

「里野へ行って、人々の生活を見たの。
 みんな、無事だった。
 鎌倉で、あたしは兵士を焼き滅ぼした。
 何度も、何度も、逆鱗を使って!
 あれを守るため、皆を守るために。
 誰も死なせたくは、失いたくはなかったか、ら」

「神子殿!」


細くなってしまった上体を強い力で抱き締めると、神子の腕が回されたのがわかった。

首筋に顔を埋めて確かな鼓動を感じた。


「あたしは・・・・・・あたしは・・・・・・」

「神子殿、もういい」


確かに守り抜いたはずだが、何も失くしていないはずだが、何故にこんなに苦しいのか。

守るべきものを守っただけのこと。

それの、何がいけない。


そっと体を離して、涙を流す彼女に、口付けた。

子供をあやすように、何度も何度も触れるだけのそれを繰り返す。

何時しか外には星が輝き、風が凪いだ。


「俺が、与えてやろう」


――なくしたものの総てを。


鬼に堕としたのは俺

共に行くといったのは神子

許しを乞うてももう遅い

浄土など遥か彼方

二人背負ったまま、朽ち果てる運命ならばいっそ潔く














☆☆☆☆☆☆☆あとがき
この作品は 「After School」の管理人NORIKO様が主催なさっている「キス企画」に提出した作品です。
提出したものに少しばかり修正・加筆しています。
友人宅でやっすんEDを見てから1時間以内で書き上げたお話。
やっすんは地獄の片道切符しか持ってないお方ですから……そんなところも愛しいです(え