ゆっくりゆっくり
――花を咲かせて


君が笑う


うん、と一つ疑問を抱いて景時は振り向いた。振り向いた先には、望美がうつむいたまま自分の服 の裾をちょこんと握っている。どうしたのと聞いてもなんの返事も無い。


「・・・・・・望美ちゃん?」


何かしたかと思い返してみても、この人の往来の最中で何かできるわけもないし、失言をしたかと 頭を巡らせてみても今日はあったかいね、桜が満開だよ云々――我ながら能天気な発言だと思うが ――しか思い出せない。ではなんだと更に原因を探ろうと思っても、裾を掴んだままの望美は顔を 上げる気配がない。


「望美ちゃん、どうしたの?」
「・・・・・・だ」
「え?」


裾を掴んだ小さな手をやんわりと解いて、体ごと彼女のほうへと向ける。桜並木の真下で、歩みを 止めてしまった二人に道行く人は怪訝な視線を投げかけて通り過ぎて行く。左手のほうには河川敷 があって、土手の緑に混じって蒲公英の黄色がぽつりぽつりと咲いていた。草より背の高いハルジ オンが先端に小さな花をつけて、風に揺られている。

空は快晴。気温は丁度いい。休日に花見としゃれこんだ人たちはそぞろ歩きを楽しむなり、布を広 げて酒盛りを楽しむなりしている。満開に咲き誇る桜は、木々の枝にたわわに花をつけ、まるで雪 が降り積もって枝に纏わせているようにも見えた。ひとつひとつの花は、とても小さくて儚いのに 数多に集まると花霞の様相を呈する。川面には風に舞った花びらが点を作って流れに乗り、風が吹 くたび、文字通り花吹雪となった。


「気分が悪いの?すこし休もうか」


呟きを聞き取れなかった景時がそう提案しても望美はふるふると頭を横に振るばかり。長い藤色の 髪に、桜の花弁が一つ二つのって、流れに沿って地面に落ちていった。

はて、どうしたものか。


――俺、はしゃぎすぎた?


小さく首をひねったとき、遠くのほうで子供がはしゃぐ声が聞こえてきた。とりあえず歩こう、と 望美の手を引くと素直についてくる。一体、何があったというのか景時にはさっぱりわからない。 人通りはあるものの、繁華街ほど混んでいるわけではない。会ったときには元気いっぱいの笑顔を 見せてくれたのに、今は。


「・・・・・・ね、どうかした?」
「・・・・・・」
「言ってくれなきゃ、わかんないよ?」


手を繋いで、できるだけ軽く問いかけても、望美は下を向いたまま一向に口を開こうとはしない。 まるで咲き誇る花に埋もれた一輪のつぼみを抱えているような心持になる。そして、花開かないの は自分のせいかと不安になる。だから、全部取り去って開かせたい――何が原因だ。


「望美ちゃん?」
「景時さん・・・・・・」


再び立ち止まってしまった彼女は、ようやっと顔を上げ、景時を見つめる。新緑の瞳に、周囲の薄 紅が映りこんで普段とは違う色合いを見せていた。空の青、桜の薄紅、雲の白、そして自分の影。 彼女の小さなガラス球には一度に色んなものが映る。小声で自分の名を紡いだ形のいい唇は、何か を言いかけては閉じてしまう。そして


「呆れないですか?」


と一言。

は、と目を真ん丸くした景時に、望美はもう一度呆れないですかと聞いてきた。


「う・・・・・・うん」


中身を知らないのだからそう頷くしかない。何をと聞くのはなんだか躊躇われて、望美が自分から 話しだすのを待った。立ち止まった二人の間に風が滑り込んできて、繋いだ手の、腕の分だけの距 離を急に感じる。

景時の大きくて骨ばった、男性特有の固さを持つ手は望美のそれをすっぽりと覆ってしまう。細い 指が景時の長い指に絡んで、彼女の親指が、何かを探るように動く。淡い色をしている爪が綺麗だ なと場違いに思ってしまった。


「子供、みたいじゃないですか」


は、と景時は再び目を真ん丸くする。

桜並木を歩いてこんなにはしゃいでいる自分が子供っぽいと言いたいのだろうか――それで、恥ず かしくなっていたとか。確かに大の大人がすることじゃないと思うが、望美の瞳はもっと違うこと を言いたげでもあった。


「景時さんと並んで、あたし、ちゃんと見えてますか?」
「・・・・・・どういうことだい」
「だって」


だって、の口のまま、望美はまた噤んでしまう。人の流れが二人のところで止まってしまって、隣 をすり抜ける人たちは動けといいたそうな目を向ける。景時は繋いだ手を引っ張って歩こうと促し た。


「どうしてそんなことを思うの」
「・・・・・・早く、大人になりたい」
「望美ちゃん?」


どこかちぐはぐな受け答えに、景時は長身を折るようにして彼女を覗き込んだ。


「本当に、どうしたの?」
「呆れないですか」
「うん。話してみて?」


ちゃんと聞くよといえば、伏せがちだった視線をやっとこちらに合わせてくれる。大きな瞳は不安 定に揺れていて、普段の朗らかさが隅のほうに押しやられていた。これから何を言われるのか、と 景時は無意識に心を引き締める。どんなことを言われようとも、受け止めようと。


「景時さんと並んでると、あたし、子供みたいなんだもの」
「そんなことないと思うけど」
「それに、振り返るし」
「はい?」
「景時さん、気付いてないでしょう」
「・・・・・・あのさ。望美ちゃんも気付いてないと思うよ」


なんとなく、合点がいった。もしかして、と思わなくともここまで聞けばうっすら彼女の心の輪郭 が見えてくる。景時は握った手に少しだけ力をこめて笑った。

なんて他愛のないことを気にする人だろう。

そんなところも好きなのだけれど。


「俺、君を子供扱いしたことはないよ」


一度もね、と続けて彼女を見れば、驚きに瞳を開いてこちらを見てくる。歩調がゆっくりになって 、周りの景色がクリアになった。


「時々、俺より大人でびっくりする」
「・・・・・・嘘だ」
「そりゃ、君にたくさん嘘をついてきたけれどね。この世界に来てからは一度もついてないよ」
「・・・・・・」
「信じられない?」


望美ははっとして景時を見上げる。こちらを見てくる瞳の中に、えも言われぬ優しさを見つけて言 葉を失った。緩む松葉色の瞳が整った顔立ちをやわらかなものにして、自分だけを見ていると雄弁 に語る。少年のあどけなさを欠片も残していない、頬が笑顔の形に変わっていた。


「だから、俺と並んで君が子供に見えるなんてこと、絶対にないよ」


急いで大人にならなくていいと景時は言った。今、望美がいろんなことを吸収すべきこの時期を存 分に楽しんで欲しいと。その合間、ほんの少しの時間を自分にくれたらそれだけでいいのだ。望美 が羽を伸ばして飛び立とうとするそのとき、自分が障害になってはいけない。けれど、手放したく もない。そんな矛盾を抱えている自分のほうが、よほど子供だ――と景時は思う。


「君が、俺を嫌いになるならまだしも、俺が君を嫌いになるわけがない」
「そんなこと・・・・・・!」
「君が、好きだよ」


その危うさも脆さも強さも全部ひっくるめて。

そう言って景時は繋いだ手を口元まで運び、望美の指に口付けた。その仕草はいつもの軽快さを取 っ払ってしまって、急に大人の男の人にさせる。口付けながら見つめてくる瞳の中に、望美では到 底持ち得ない色香を感じ取って、頬を染めるしかないのだ。


「好きだよ」


景時の告白は、望美の強張った心を溶かし解す威力が十分すぎるくらいにあって、大輪の花を咲か せるのだ。そうして得た笑顔を独占したいと、また子供のように願ってしまうのだから始末が悪い。

行こうか、と促した景時と、望美の歩調がぴったりと重なって桜散る道を並んで歩いていった。





――時々、すれ違う人が振り返る。

それにちょっと嫉妬してたなんて言えないな、とお互いに心に隠しておくことにしよう。



*fin*












☆☆☆あとがき
うおおおおおぃぃぃ!意味不明創作どうもすいませ……!
珍しく日本語の題名とあいなりました。
なんか何がいいたいのかさっぱりわからないこのSS!おおい!
周期的にやって来る景時熱の波が来ています。
そしてろくろく花見にもいけてないのでこんなんが出来たというわけです。しかし本気で意味不明だな