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甘い甘い
とろけるのは一体なぁに?



Truffes Fantaisie Ecorces D'Orange



帰り道。
ふと目に付いた輸入雑貨店。
主に食料品や飲料を取り扱い、アジアのものから欧米のものまで何でも豊富に揃っている。
さして珍しいわけでもない店だ。
確かチェーン店で関東圏一帯に多く店舗を構えている記憶があった。
雑多に積み上げられたモノモノは普段は目にしない異国の文字で書かれている。
パッケージに使われている写真も日本のものとはセンスが違って見えるから不思議だ。

「あれ、これだったんだ・・・・・・」

学校帰りのカバンは重たいけれど、興味を惹かれてふと立ち止まった望美は、一つ、英語だかフラ ンス語だかでかかれた箱を手に取った。
結構ずっしりくる箱の写真はトリュフ。
お昼休みにクラスメイトからもらったトリュフだ。

「げ、ちょっと高い・・・・・・」

けれど、とてもなめらかな口どけとほろ苦さがマッチして、とても美味しかった。

「う〜ん・・・・・・」

箱を手にした望美は首を傾げてしばし考える。
藤色の、癖の無い長い髪がさらりと肩から背中へと揺れた。
冬になるとどのお菓子会社も「冬季限定」と銘打ってチョコレート商品を打ち出すものである。
それがどんなマーケティングや企業戦略に基づいて打ち出されたものかは預かり知らないところだ が、甘くて美味しいものがお店に並ぶのはイイコトだ――向こうにいたときに、時々無性に欲しく なっていたチョコレート。

「よし!」
悩んでいたのは一体どの味を試してみるかと言うことだったらしい。
結局望美はオレンジピールが砕いて混ぜてあるらしいもの――説明書きがフランス語でさっぱりな のだ――にして、レジへと向かった。



「へぇ・・・・・・これ、とりゅふ、って言うんだ」
「そうです。あ、生チョコだから体温で溶けちゃうかも」

景時は松葉色の瞳をきらきらと輝かせて長い指に挟んだチョコレートを見つめた。
学校からすぐに来てくれた望美の思わぬお土産に、感謝の言葉も忘れない。
閉店作業をきっちりと終えた彼の小さな喫茶店には、今、たった一人のお客様しかいない。
いつもは近所のオクサマ方が占領しているカウンター席に彼女はちょこんと座って、器用にサイ フォンを組みたてる景時を見ていた。

「うん、甘い」
「・・・・・・美味しいですか?」
「中のオレンジが効いてるね。くどくなくていいな、これ」

お湯が沸くまで待たなければならない彼は、ひょいとパッケージの箱を取り上げてさっと字面を読 むも、困ったように眉を下にしてしまった。

「ふ、ふらんす・・・・・・?」

って、どこ?と視線だけ望美にやれば、彼女は愛らしく笑っている。
いくらこっちの世界に来て慣れているとはいえ、彼の頭の中に世界地図は存在しない――あの時空 では、外国はせいぜい近くのアジア諸国どまりだ。
海の向こう、まだまだ大陸があるなんてわかりっこない時空の人だったのだから。

「ヨーロッパっていうところにある国ですよ。日本からだと・・・・・・半日飛行機に乗って到 着、かな?」
「そんなに遠いの!?いや〜毎回驚くことだけど、この世界って、何でも手に入るね〜」

驚きに彼の瞳はまた表情を変える。
本当に、素直に表情が現れるひとだ、と思う。
それでも一番深いところ、彼の隠し続けてきた影の部分は見せてくれなかった。
ひたすら周囲を気遣って、頭の良さを先回りに活かして、そうして誰も触れさせなかった部分。
でも、今はもうそんなことはない。
こんなに幸せそうに笑う人だっただろうかと、こんなに嬉しそうに目を輝かせる人だっただろ うかと、一緒にいる望美が、今でもはっとしてしまう。
彼を縛り付ける一切のものから解き放たれたとき、景時はようやく景時になった。
その瞬間を、誰より傍で見ていることができる幸せ――どんなに言葉を尽くしても伝えきれない幸 せな時間。

「さて、甘いものにあわせてちょっと濃い目に淹れてみましたが、いかがでしょうか?」

おどけて出されたコーヒーカップからは、香ばしいにおいと湯気が立ち上っている。
受け取るときに熱いよと一言くれるのはやはり彼ならではの気遣いだろう。

「うん、苦い・・・・・・」

喫茶店のお手伝いをしているというのに、望美はコーヒーがちょっと苦手だ。
でも、どのメニューを頼んでも景時の淹れてくれるものはなぜか飲める。
何か秘密があるんじゃないかと聞いてみたことがあるけれど、そのときは笑顔ではぐらかされて しまったのだ。

「ちょっと濃い目、って言ったでしょ」
「あ、チョコ食べると丁度いい」
「ね?」

いつもはせわしなく行き来しているカウンターの中で、景時はゆっくりと笑った。
たくさんのお客様と交わす会話はとても楽しいけれど、望美が来てくれた日に、こうやって閉店後 に交わす会話は何物にも変えられない。
夜がゆっくりと深まっていくのがわかる。
藤色の髪を耳にかけながらふふと笑う愛おしい人。
さりげない仕草にも感情が募って止まらなくなるのは、きっとこの人だからだ。
何も出来やしない、どこへも行けやしないとうずくまっていた自分に、外の世界へ連れ出してくれ た人。
一生、この命が尽きるその時まで守っていこうと誓ったただ一人の人。

「苦いって言えば、この茶色い粉も苦いね〜」
「ココアパウダー?」
「ココアって・・・・・・甘いやつだよね?」
「飲み物にするときは甘いですよ。お砂糖混ぜてミルクも入れるから」

指の腹についてしまったパウダーをなめとりながら彼は望美の説明を聞く。
ふと目をやった淡い唇にも、この苦いとしか形容できない粉がついている。
くすり、と小さく笑った景時を、望美は不思議に思ったのか首を傾げて見つめた。

「何ですか?」

そしてまた一つ、茶色の甘くてオレンジの香りが立つトリュフを唇に咥える。
一口で食べてしまうにはいささか大きいのだ。
半分、器用に唇に咥えたままかじったところを見計らって、景時は言う。

「ホント・・・・・・この粉って、苦いよね」

意味深長に微笑んだ景時は、その笑顔そのままに、長身を折るようにして望美の顔に近付いていっ た。
胸元を開けたシャツから、チェーンに通したシルバーリングが転がりでる。
カウンター越し、二人の影が少しの間だけ重なり合う。

「でも・・・・・・すごく甘いね」

一瞬くっついて離れていった彼の唇。
いきなりのことに声もでず、大きく目を見開いたままの望美が見たものは、自分が半分かじったは ずのトリュフ。
それを、なぜか景時が食べている。
当然、自分のところにはなく、あるのは触れた柔らかな感触だけだった。

「か、かげ・・・・・・」
「うん、甘い」

ひょうひょうと最初の感想を口にして、彼はもぐもぐさせていた。
ちらと視線を彼女のほうにやれば、陶器のような頬を赤く染めている様がよく分かる。
何度唇を重ねても、この人は一向になれた様子が無く、それがまた景時の感情を深くするのだ。
長い手を改めて望美の頬にやり、唇を重ねれば、淡いオレンジの香りとコーヒーのにおい。
それから、望美自身の香り。

「甘いね」
「甘いですね」

離れてしまった僅かな距離を名残惜しげに望美は認識してから、彼を見た。
そして視線がすぐさま絡まり、互いにふっと笑う。

「景時さん」
「うん?なんだい?」



――チョコレートの味が混じったキスを、もう一度。



*fin*












☆☆☆あとがき
落ちてネェ!尻切れどうもすいません……!
そして題名はフランス語ですが、意味はさっぱりわかりません(え)
単品にしようかと思ったのですが、景時の喫茶店にマジで行きたいのでつなげてみました
ひさっびさに甘いのかいてみたらこっぱずかしくて仕方ないです。
でも景時が好きだと再認識しました。なぜか