どんなことでもいつしかあなたの微笑みに変わればいい
どんな些細なことでも穏やかな気持ちあげられたらいい
Fire Works From Heaven
術をこめた弾を、空に向かって何発も連射する。
星の輝きに混じって、一瞬の花が咲く。
そして、君の嬉しそうな声。
「きれーい・・・・・・」
そう言って見上げる君の方が綺麗だと思うけれど、本当に恥ずかしくて口には出さなかった。
線の細い横顔に、潮風に靡いた絹糸のような紫苑の髪。
翠玉の瞳に映る、「はなび」にうっとりと微笑んだ口元。
「景時さん、すごいです!」
「そ、そうかな・・・・・・全部、術の応用なんだよ?」
そう、本当にたいしたことのない術を、ほんの少し改良したら偶然できたのだ。
だから、こんなに彼女が喜ぶ顔をしてくれて嬉しい反面、少しだけ後ろめたくなってしまう。
「それでも、すごいですよ。
その銃だって、自分で作ったんですよね?」
「あぁ、これ?
これね、うん、そうだよ・・・・・・」
望美ちゃんは、俺の手の中にある銃をさして言った。
この道具を使えば、術の失敗も任務の失敗も皆無に等しくなった。
刀に不安があるわけじゃない、弓が不得意なわけじゃない、けれど、「鎌倉殿」からの命令には失敗は許されなかった。
失敗したとき、あのお方なら俺なんかいともあっさりと切り捨てるだろう。
それはまるで、書き損じた文を丸めて捨てるように――
「景時さん?」
「わわっ、望美ちゃん!」
身長が俺より顔ひとつ分、ゆうに低い彼女が覗き込むようにして小首をかしげていた。
そして、その距離が意外に近い。
心臓が跳ね上がって、頬が熱くなったのがわかる。
「そんなに驚くことないじゃないですか。
いきなり黙り込んだから、どうしたのかと思って・・・・・・」
「あぁ、ごめん、ちょっとこれを何かに使えないかな〜なんて、思ってて」
「また発明ですか?」
くすくすと笑う望美ちゃんは、髪を耳にかけながら元の位置に戻ってしまった。
その距離を惜しいのか安心したのか、複雑な心境で見つめる。
空は快晴、星々が瞬いて互いの影がようやく掴めるほどの暗闇。
水平線と空の境界線はあいまいで、このまま水の上を歩いていったら空にたどり着けるのではないかと想像してしまう。
「そ・・・・・・そうだよ。
それより、君の世界では花火もこんな武器であげてるのかい?」
「違いますよ、花火は花火、武器は武器です」
想像したとて、俺に行ける空なんてありはしない。
「そっか〜。
君の世界でも、こんな物騒なもので上げてると思ったよ」
「ふふ。
あたしの世界だと、もっと大きな筒に火薬を丸めて詰めたものですよ」
いくら身を灌いでも、消えないものは消えない。
「あぁ、その火薬っていうのが将臣君が言ってた『黒色火薬』なんだね」
「そうです」
あたしもよくわからないけれど、と付け足して望美ちゃんは風で乱れた髪を手で梳いた。
触れたら、どんな心地がするのだろうか。
潮のにおいに混じって快い香りが届く、その髪に触れてみたい。
・・・・・・この、血塗られた手で?
不意に浮かんだ自嘲の笑みは、暗闇にまぎれて彼女は気づかない。
気づかないで欲しかった。
「景時さん、笑ってます?」
「なんだい、突然」
海に向けていた視線をこちらにくるりと向けて、唐突な問いをまた口にする。
俺はその意図を測りかねて、いつものようにふざけた笑いを口端に上らせた。
「・・・・・・また、その笑顔なんですね」
「え?」
「景時さんが、困ったり隠し事してるときの笑顔です、それ」
「望美ちゃん・・・・・・」
参った、と正直に思う。
俺の表情を指摘する彼女もまた、どこか淋しげで、両の腕に閉じ込めたい衝動に駆られた。
待て、俺、彼女は神子だ。
「何でも話してください、って言うのはおこがましいかも知れないけれど・・・・・」
見上げた先にはまだ満ち切っていない月。
煌々と照るそれは青白い光を地上に落とし、太陽とは違うやわらかい影をもたらす。
「少しくらい、あたしに甘えてくださいね」
「・・・・・え、」
「だって、熊野に来てからもずっとお仕事してるでしょう?
昼間だって、別当さんになんて交渉するか、九郎さんたちとずっと考えてたみたいだし・・・・・」
だからね、と続けた望美ちゃんの微笑みに、迂闊にも涙を誘われた。
あぁ、天女という存在は、やはり清く、尊い。
真っ白な絹織りもののように柔らかで強く、しなやかだ。
この手で触れたら、赤黒いしみを作ってしまうだろう。
君は、間近で飛び散る鮮血の色を知っているかい?
それがどんなに熱くて黒くて鮮やかなものか、知っている?
死を唐突に突きつけられた者が、最期に何を願うのか知らないだろう。
俺は、君が思うほどいい人じゃないさ。
「・・・・・ありがとう。
望美ちゃんってば、ほんっと、やさしいよね〜」
「そんなことないいですよ。
あたしだって・・・・・・、あたしは、優しくないです、全然」
ゆるゆるとかぶりをふると、髪が僅かな音を立てて流れた。
綺麗な翠玉の中に揺らぎがあって、月光が一滴に反射する。
俯いた細い肩が震えていて、俺は、ついに、腕に閉じ込めてしまった。
「望、美ちゃん、どうしたの」
「なんでもないですよ、ちょっと、潮風がしみたのかな」
「そんなこと言って、俺を騙すの?」
「そんなことないですよ」
やんわりと体を離そうとする彼女を、その上をいく力で繋ぎとめる。
身じろいだことで、動揺したことがわかった。
けれど、この腕がまるで自分の意思をきいてくれない。
このまま離して、いつもどおり誤魔化せばいいとわかっているのに、それができないでいた。
「・・・・・甘えていいって、言ってくれたよね?」
「はい」
「じゃ、俺、今甘えてるからさ、もうしばらくこのままでもいい?」
無理やりのこじつけに、望美ちゃんは力を抜いた。
こんなに細い体で戦場を駆け回っているとはにわかに信じ難い。
十も年下なのだと、今更ながら痛感した自分がひどく愚かしい。
泣かないでと俺は言って、口付けた。
笑った君の顔はまだ涙で濡れていた。
再び口付けた俺に、また花火を見せてくださいと君は言った。
君が笑うなら、いくらでも。
こんなにささやかなことでいいなら、いつでも見せてあげるよ。
☆☆☆☆☆☆☆あとがき
他の人たちはどうしたか?弁慶の策略によって先に宿に帰りました。
景時を書くのは楽しかったです。
鎌倉と九郎に挟まれて身動きが取れない上に、下手に頭いいもんだから上手に隠してしまう景時さん。
一番好きなキャラだったりします。