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――あぁ、頭ぐるぐるしちゃって逃げるしかないわ




Escape! Ver.景時




「うーん・・・・・・」


小さくうめいて、もうぬるくなってしまったアイスティーを一口飲んだ望美に、景時は知らずと苦笑を滲ませた。

望美の目の前に広がるのはパンフレット。

それも、旅行や洋服の、ということではなく大学のパンフレットだ。

寒く小さく縮こまっていた冬がようやく終わりを告げ、春風がすり抜けるように行ってしまうと暑い夏がやってくる。

曖昧な季節というのは花の色香を漂わせて騙すようにして移り変わってしまう。

はたと気がつけば、望美にとっては大切な夏、受験のためにこれでもかというほど自分の脳みそに知識を叩きこまねばならない 夏がやってきていた。

それに合わせて大学選びも大切である。

就職を考えて学部を選ぶといってもさしたる差はなく、ならば気に入った大学で、興味のある分野を学びたい。


「望美ちゃん、一休みしようか?」


望美の将来を彼女と同じかそれ以上に心配している景時は、わざとらしいくらいに綺麗に写った建物と 人物から視線を外してそう切り出す。


「うん。なんだかたくさん見すぎてわかんなくなっちゃいました」

「ケーキでも食べる?」


夏休みというのは大学もこぞってオープンキャンパスを催す。

その帰り道、貴重な一日をデートも兼ねて渡り歩いた二人は、こじんまりとした喫茶店で休憩を取っていた。

景時の申し出に、一も二もなく頷いて、見た目も味も涼しそうなアプリコットのお菓子と梨のシャーベットをそれぞれ注文する。


「いい感じのお店だね」

「うん?」

「ここ。何か景時さんの雰囲気に合ってる」


新たに注文したアイスコーヒーとジャスミンティーが運ばれてくると、望美は早速手をつける。


「そうかな?」

「うん。飾ってなくて、リラックス・・・・・・落ち着けます」


店内はアイボリーを基調にして淡い緑と紫でうまくまとめられており、盛夏を象徴する向日葵がアクセントとなっている。

客席数もカウンターに6席、テーブルも望美たちが座っているところを含めて4席ほど。

窓にかけられた網目の細かなカーテンが夏の刺すような日差しを柔らかに弱め、基調の色とウッド調のインテリアが綺麗に調和していた。


「こういうお店もいいねぇ」


のんびりとした口調で景時が相槌を打つ。

彼は彼で、こちらに来てから口と趣味に合ったコーヒーと紅茶が思いのほか奥深いということを知り、 バリスタになる勉強をしている。

ならば店を、ということで加えて調理師免許を取る勉強も合わせていた。

こう言ったことを学ぶ反面、やはり元々頭の回転が速いのか、この世界の仕組みや生活にも早くに 慣れることができた。


「で、望美ちゃんは何学部に行くの?法律?経済?」

「うーん・・・・・・」

「文学・・・・・・だっけ?それともリケイ、の学部?」

「違います」

「じゃあ、どの学部?」


景時の問い方はいつも追いかけてくるようなものではなく、微笑みながらこちらの思考が一点に 集まり明確になるような質問をする。

それにつられるかの様に望美の首が小さく傾いでゆき、ポニーテールにまとめた藤色の髪がゆさり と揺れた。

この時期特有の、強い生命力を太陽に誇示するがごときの緑にも負けない双眸が、きゅうと光を 帯びて望美が、子供のような瞳のまま言う。


「栄養士になろうかな、って・・・・・・」

「えいようし!?」

「そ、そんなに驚かないでくださいよ」

「え、でもどうして」


長身の景時は彼女の真意を確かめるように体をかがめて瞳を覗き込む。

記憶が確かであれば望美は全く違う方向を目指していたはずだ。

こちらの世界に一緒に戻ってきた将臣ほど物理や数学が得意ではないものの、どの教科もそれなり に平均点以上をマークする成績のはずだし、何よりそんな話を聞いたことがない。

「隠し事はもうなしにしようね」とお互いが笑って決めたのはそう遠くない過去のことだというの に。

隠して、隠し切れなくて、そうして傷つくことはもうごめんだった。


「え・・・・・・と、怒らない?」

「うん、何?」


開きにくい口をこじ開けるかの様に望美がジャスミンティーを一口。


「景時さんの役に立ちたいなぁ・・・・・・って」

「え、オレの・・・・・・?」

「そう。もしお店を出すとしたら、栄養士がいれば何かの役に立つかと思って。
 それにね、カリキュラムで簿記とか経営のこともやるの。だから・・・・・・」


恥ずかしいのか照れくさいのか、それとも本当に怒られると思っているのか、望美は始めこそ早口 でまくし立てたものの、最後のほうは尻すぼみもいいところだった。

景時の視線が気になるのか、悪戯がばれたようなバツの悪い顔をして伏せてしまう。

それを、景時は複雑そうな表情でじっと見つめていた。


「・・・・・・」

「あの・・・・・・」

「なんだい?」

「その、迷惑・・・・・・でしたか、こういうの」


望美のいつもの快活さは影を得てすっかり隠れてしまい、代わりに景時の反応次第でどうとでも なってしまいそうな危うさが顔を出す。

それが分かるからこそ、景時はゆっくりと、慎重に言葉を選んで言った。


「迷惑・・・・・・じゃないんだけれどね、望美ちゃん」

「・・・・・・けど?」

「もう一度、きちんと考え直してみるつもりは、ない?」

「え?」

「俺のことは抜きにして、きちんと考えてごらん、将来のこと」


ふと視線を上げた先にいたのは、まっすぐにこちらを見つめてくる二つの松葉色だった。

まっすぐな分、甘えも打算も妥協も許してはくれない透明な強さがあり、望美は、知らないうちに テーブルの下でぎゅっと拳を作った。


「オレが医者を目指すって言ったら、君は看護科に進む?
 それともオレが絵描きになるって言い出したらどうする?」

「・・・・・・」

「厳しいことを言ってごめんね・・・・・・でも、君には君の将来をちゃんと考えて欲しいんだ。
 誰かに流されて決めたことは楽な分、後悔しても仕方ないことなんだよ」


景時の、柔らかくて心地のいい低い声が、今だけはそら恐ろしく感じる。

言われていることが、とても心に響く。

子供だと思われているようでつらければ、自分で決断したと思い込んでいた自分が恥ずかしくて 消えてしまいたいし、こんな時でも気を遣う景時がいじらしい分、とても腹立たしい。

この道に進むなとさっさと言い切ってくれればいいのに。

そうしたら。


――そうしたら、やめるの?


景時がいうことはよく分かる。

何より、彼は自分で決断したことではない、汚い仕事に手を染めて誰よりも贖罪の気持ちに苛まれ ていた人だ。

だから、自分できちんと決めて進めと言っているのは、もちろん意地悪でもなく、自分のためを思 って心から言ってることはわかる。

けれど、望美は景時の喜ぶ顔が見たかった。

不甲斐なさに涙が出てしまう。


「・・・・・・」

「望美ちゃん?」


景時が声をかけたのと同時に、ついに望美は席を蹴って店外へ飛び出していった。




――もういや・・・・・・


喜んでくれなかった景時と、甘い考えでこれからのことを決めようとしていた自分に腹が立つ。

景時に全くの非はないのに、責めてしまう自分が本当に嫌だ。


――もうやだ・・・・・・


このまま走って走って、どこかに迷い込んでもう景時のあの瞳を見たくない。

知らない間に甘えて依存してしまっていたのだろうか、それとも本当は景時には迷惑だったのだろ うか。

マイナスの思考は留まるところを知らず、自分の想像なのに泣けてしまうことが嫌にバカらしい。

だけど止まらないから仕方ない。


「望美ちゃ・・・・・・・望美!」


歩きやすいようにとスニーカーとジーンズだったいでたちも、生来の足の長さには叶わない。

店からだいぶ離れたところでようやく景時は望美の細いひじを捕らえることに成功した。


「の、望美ちゃ・・・・・・!」

「やっ!離して!」

「嫌だ」


暴れる望美を、広い胸に押し付けて腕の中に閉じ込めたのは細い路地でのことだった。

夏の日差しは強い分、濃い影を作り出して向こうに見える大通りに陽炎を出現させる。

一瞬、二人の時間が止まり、ざわめきも車の音も何もかもから切り離された感覚が身を包む。


「嫌だ・・・・・・離さない」

「かげ・・・・・・ときさん」

「迷惑だなんて、絶対に思ってないからね?」

「・・・・・・」


腕の中で望美は大人しくなる。

走った鼓動はまだせわしなくて、呼吸を整える度に景時の服から香る香水に頭がくらくらして しまう。


「オレはね、オレのせいで君の可能性が狭まるのが嫌なんだ。
 君は、オレよりもっと大きな可能性を持った人だから」


その言葉に、過敏に反応した望美が勢い良く顔を跳ね上げる。


「違うよ、卑下してるわけじゃないからね?」


その、淡く色ついた頬を大きな両手で包み込んで景時は続ける。


「それにね、嬉しいんだよ、本当はすごく」

「え・・・・・・」

「オレとのこと、考えてくれたってことでしょ?」


店を出そうかという男と、栄養と経営を学ぼうとする女。

行く末は決まりきっている。

蕩ける笑顔に目じりを下げて、景時は望美の唇にキスを落とした。


「まずはご両親にご挨拶しなくちゃね」


夏の日差しに戻った望美に届いた言葉は驚いて声もでないほど。



*FIN













☆☆☆☆☆☆☆あとがき
たまには大人な発言をしよう、27歳梶原景時の巻、でした。(どんなだ
初めて書いた景時の甘いSSですってかどんだけ放置してたんだ……!(汗
これはまぁこれからアップするであろう(しろよ)SSの前振りになってます。
いつになるか分かりませんが、ちょっと待っててください〜